【考察レビュー】映画『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』その本当の姿は「母の教えを守った普通の息子」だった。
文:栗秋美穂
第5回TBSドキュメンタリー映画祭、東京限定上映の作品ですが、アマゾンプライム配信でも観られます。今年は戦後80年と言う節目でもあり、ぜひ多くの皆様に見ていただきたく、私なりの視点で考察致します。
『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』
第二次大戦後、米軍統治下の沖縄で、米軍に「NO」と叫び続けた政治家、瀬長亀次郎。弾圧を恐れず民衆と共に戦い抜いたその姿は「不屈」の象徴だった。米軍の策略にも屈せず、那覇市長や国会議員として立場を変えながら、信念を貫いた亀次郎。本作では、稲峰元沖縄県知事や家族の証言、未公開映像を交え、その生涯を描く。沖縄戦から始まる基地問題や、戦後沖縄の原点に迫るドキュメンタリー。 監督:佐古忠彦 ©TBS
英雄ドキュメンタリー!?
最初に思った率直な感想である。
「カメさん(主人公の瀬長亀次郎)は子どもが好きだった」
「神様みたいな人」「命を捨ていている。何も恐れない人」
今は亡き瀬長亀次郎(以下、カメジロー)を賞賛する人々の証言と、過去の沖縄戦の写真や動画が交錯する「王道」ともいえる演出。。
あとは、この英雄伝説の中にも人間臭いエピソード、家族にだけ見せた表情などを入れて終わると予測した。
それでも視聴し続けたのは、カメジローの日記を朗読する大杉連(2018年死去)の声である。
本当にカメジローが話してるように思えてくるのだ。しかも目の前で。
大杉連さんはカメレオン俳優と言われるほど、さまざまな役をこなすことで有名だが、声でも演じる。
私は常日頃から「ドキュメンタリーにナレーションは必要か」と思っている。
しかし今回の作品には絶対に必要だった。
そして大杉連でなければ、作品に引き込まれることはなかっただろう。
当時の沖縄を知らない私にも、情景が思い浮かぶように語る。そこに当時の資料。カメジローの”肉声”による演説が、私を当時の沖縄にタイムスリップさせた。
一人の声が50ⅿ届くなら…!
今も沖縄市民の間で伝説として語り継がれるカメジローの演説が出てくる。
「この瀬長ひとりが叫んだならば、50メートル先まで聞こえます。ここに集まった人々が声をそろえて叫んだならば、全那覇市民まで聞こえます。沖縄の90万人の人民が声をそろえて叫んだならば、太平洋の荒波をこえて、ワシントン政府を動かすことができます」
彼の声は米軍による婦女暴行で人間の尊厳を踏みにじられ、基地として土地と美しい自然を奪われた沖縄の人を動かしていく。カメジローは決して負けない。そのカメジローに触発された人々も、前を見つめ希望を捨てない。
そんなカメジローの存在は米軍にとって脅威以外の何ものでもない。そしてカメジローに対する米軍の弾圧がひたすら続くのである。
しかし、その圧力が強くなればなるほど毎回パワーアップして戦いに挑むのである。
そんなカメジローを民衆は熱烈に支援した。
そして決して弱音を吐かないカメジローの中にも人間「瀬長亀次郎」としての苦悩が描かれるはず。そしてカメジローに安息の日が訪れてこの映画は終了するはずと思いきや…
違うのである。
もう一度言う。ひたすら米軍に弾圧を受ける。それだけの話である。
山原(やんばる)へ行くよ
話は戦時中の沖縄へと移る。。
2発の爆弾によって自宅を追われ、カメジローが裏山へ上ると海は、米軍の軍艦が真っ黒に染めていた。
「山原(やんばる)へ行くよ(疎開するという意味)」
逃げる道中でカメジローが見たものは、死体、死体、死体。
それもただの死体ではない。もはや人間かどうかもわからないような肉の塊と鼻をつく死臭だった。
その後、収容所に入った母は餓死する。
母の教えは「正直にまっすぐに歩みなさい」
そして大杉連の、怒りを抑えた声が言うのだ。
「戦争は終わったが、地獄は続いていた」
カメジローは正直にまっすぐに歩んだ。
最愛の母の言葉を受けたカメジローに迷いはなかった。
決して「立ち上がらない」男
カメジローの演説は、カリスマ性などという言葉では語れない。
例えば、たった一枚の写真からもカメジローの人を惹きつける力が分かる。
その姿は裸電球一つの下で、足元にはヤカンがひとつ。給水のためだろうが、この2つをセットに民衆に語り掛け、長い拍手は止まない。
カメジローは民衆の代弁者であった。
演説を聞いた者たちの帰り道、表情は皆、スッキリしていたという。
だが、今度は朝鮮戦争で沖縄は反共の前線基地となってしまう。
琉球政府創立式典の誓約書を読む際、その場にいる日本人も皆、脱帽して立ち上がり、直立不動なのを、カメジローだけが後ろの方で椅子に座ったままにらみつけるようにして立ち上がらない。
この一枚の写真にカメジローと言う人間が一番強く表れている。さぁ、この姿に怒った米軍のカメジローに対する圧力は増していく一方だった。
どれだけひどいことをされ続けたか、それはぜひ貴重な映像と大杉連の朗読で味わってほしい。
そしてついに国会議員となり、時の首相佐藤栄作と国会でやり合うシーンは特に貴重だ。
この国の総理大臣に対し、一歩も引かない。それどころか、佐藤栄作は押され気味であった。
たった一つ嘆いたこと
このドキュメンタリーは一人の「不屈の男」の物語と言える。そしてその男の精神は、現在も米軍の理不尽な振る舞いと基地問題に揺れる沖縄県民の反骨精神の根底に生き続ける。
私はカメジローに弱音は要らないと思うが、たった1か所だけ日記に残されている。
米軍が那覇市の給水を止めた時の日記である。唯一、カメジローはこの時、心を痛めた文章を残している。いや、弱音というよりも、民衆に対して申し訳ないという苦悩かもしれない。
しかし、それも1か所だけ。これでいいのだ。
なぜならカメジローの愛する母は言った。
「筵(むしろ:藁や井草で編んだ簡素な敷物)の綾のようにまっすぐ生きなさい」と。
米軍から目を逸らさず、まっすぐに戦い続けた男に弱音は要らない。
この映画は弾圧の記録である。しかし、映画を見終わって私の記憶に残ったもの、それはカメジローの笑顔である。これは監督の演出によるものかもしれないが、セピア色の写真のカメジローはいつも微笑んでいた。どんな弾圧を受けても、彼を応援する民衆の前で、不屈の男は笑みを讃えていた。
沖縄県民だけではない。私の心の中にも、カメジローが生まれた。書き続けるという不屈。
この作品を撮った佐古監督の次回作「太陽(ティダ)の運命」が本当に楽しみである。
文:栗秋美穂
ドキュメンタリー考察ライター。エッセイで多数の賞を受賞。その記事はインタビューを始め、物語風なのが特徴である。また独自の視点にも定評があり、自身の経験をかさねた考察記事が好評。閲覧数やリポストも安定している。
第5回「TBSドキュメンタリー映画祭2025」
2025年3月14日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国6都市にて順次開催!
<開催概要>
東京=会場:ヒューマントラストシネマ渋谷|日程:3月14日(金)〜4月3日(木)
大阪=会場:テアトル梅田 |日程:3月28日(金)〜4月10日(木)
名古屋=会場:センチュリーシネマ |日程:3月28日(金)〜4月10日(木)
京都=会場:アップリンク京都 |日程:3月28日(金)〜4月10日(木)
福岡=会場:キノシネマ天神 |日程:3月28日(金)〜4月10日(木)
札幌=会場:シアターキノ |日程:4 月 5 日(土)〜4 月 11 日(金)
公式サイト:https://tbs-docs.com/
公式X:https://x.com/TBSDOCS_eigasai
【舞台挨拶情報】
2025 年 3 月 14 日(金)~4 月 3 日(木) @ ヒューマントラストシネマ渋谷(東京会場)
『彼女が選んだ安楽死~たった独りで生きた誇りとともに~』
3 月 14 日(金)14:00 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:西村匡史 、駒田健吾(TBSアナウンサー)
『米軍ア メ リ カが最も恐れた男 その名は、カメジロー』
3 月 14 日(金)16:00 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:佐古忠彦 ゲスト:内村千尋(瀬長亀次郎次女・不屈館館長)
『REASON~あの日、HIPHOP に憧れた少年たち~』
3 月 14 日(金)18:45 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:嵯峨祥平 ゲスト:YAS(MC)、紅桜(MC)、VOCA Luciano(MC)、HKR(MC)、DJ KAJI(DJ)、LiLiCo(タレント/映画祭アンバサダー)
『埋もれる叫び~南米アマゾンで広がる子ども達の異変』
3 月 15 日(土)14:15 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:萩原豊
ゲスト:真山仁(小説家)、舛方周一郎(東京外国語大学 大学院総合国際学研究院 准教授)
『小屋番 KOYABAN ~八ヶ岳に生きる~』
3 月 15 日(土)16:30 の回 舞台挨拶
【登壇者】 企画・プロデューサー:永山由紀子/撮影・音声・監督:深澤慎也 ゲスト:菊池哲男(山岳写真家)
3 月 22 日(土)14:15 の回 舞台挨拶
【登壇者】 企画・プロデューサー:永山由紀子/撮影・音声・監督:深澤慎也
ゲスト:菊池哲男(山岳写真家)、一双麻希(女優)
『渡邊雄太 ~傷だらけの挑戦者~』
3 月 15 日(土)18:45 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:久米和也 ゲスト:渡邊雄太
『カラフルダイヤモンド~君と僕のドリーム2~』
3 月 16 日(日)14:15 の回/16:30 の回/18:45 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:津村有紀 ゲスト:カラフルダイヤモンド メンバー10 名
(古川流唯/中下雄貴/設楽賢/小辻庵/岡大和/國村諒河/高垣博之/関優樹/永遠/加藤青空)
※ハイタッチあり(映画祭パンフレット購入者限定)
『巨大蛇行剣と謎の4世紀』
3 月 20 日(木)16:15 の回/18:30 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:山﨑直史 ゲスト:山崎怜奈(タレント)
3 月 22 日(土)16:40 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:山﨑直史 ゲスト:今村翔吾(歴史・時代小説家)
『あの日、群馬の森で -追悼碑はなぜ取り壊されたのか-』
3 月 21 日(金)18:30 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:三宅美歌/日下部正樹 ゲスト:安田浩一(ジャーナリスト)
『War Bride 91 歳の戦争花嫁』
3 月 23 日(日)16:15 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:川嶋龍太郎 ゲスト:奈緒
『巣鴨日記 あるBC級戦犯の生涯』
3 月 23 日(日)18:45 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:大村由紀子 ゲスト:内海愛子(恵泉女学園大学名誉教授)