『ベイ・シティ・ローラーズ ウッディ・ウッドが語る真実』ウッディ・ウッドのオフィシャルインタビュー到着「ベイ・シティ・ローラーズが今もなお現在進行形だというメッセージを伝えたい」

1970年代に世界的な熱狂を巻き起こしたスコットランド出身のポップロックバンド「ベイ・シティ・ローラーズ」の軌跡を、中心メンバーのスチュアート・ウッディ・ウッドの視点から描くドキュメンタリー映画『ベイ・シティ・ローラーズ ウッディ・ウッドが語る真実』(パコ・ヒーローズ監督、NEGA配給)が、2026年9月25日(金)よりキノシネマ新宿、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほかにて全国順次公開される。この度、日本公開を前にウッディ本人のオフィシャルインタビューが解禁された。

タータンチェックの衣装を身にまとい、全世界で3億枚近いレコードセールスを記録して“タータン旋風”を巻き起こしたベイ・シティ・ローラーズ。本作は、1974年に17歳で加入したウッディ自らの証言を中心に、熱狂の絶頂期からバンドの崩壊、脱退、そしてプロデューサーとして成功を収めるまでの道のりを、貴重な未公開8mmフィルムとともに辿る。過熱するファンへの対応や印税トラブル、メンバー間の確執といった華やかな歴史の裏側にあった出来事も本人の口から赤裸々に明かされる。

公開にあたり、ウッディ本人が振り返る作品を世に出す意義や、バンドへの想いについて語ったインタビュー全文は以下の通り。

――日本で映画が上映されることになりましたね!

「とても嬉しい驚きです。今、ベイ・シティ・ローラーズを取り巻く様々なことの歯車が噛みあってきて、再び動き出しているので、さらに嬉しいです!」

――ベイ・シティ・ローラーズについてメンバー自らが振り返る作品を出す意義についてはどう思いますか?

「1970年代後半の数年間は狂った時代でした。ヒステリックでした。80年代に入ると今度はビジネス面でのゴタゴタが露呈して、レコード会社や経営陣の問題、トラブルが多かった。その後ロサンゼルスや南アフリカに行って音楽活動を続けていて、物事が落ち着いてきた時期に、クレイジーな時から離れて、過去を振り返ることができるようになったんです。それまでもいろいろな人がドキュメンタリー的な本を持ち込んできました。でも彼らは何も知らない。新聞で読んだ記事を抜粋して書いただけ。そういう記事がどんなものかわかるでしょ。新聞は物事を否定的に要約して書く。だから、自ずと外の人間が書いた本は否定的でナンセンスなんです。実際にその場にいて経験した人間の視点で伝えないと。“ウッディ”の視点であり、真実です」

――劇中、クレイジーなベイ・シティ・ローラーズ時代を経て、ロサンゼルスや南アフリカでバンド活動を続けていた話も出てきましたね?

「南アフリカでの生活は楽しかったですよ。レバノン人、ギリシャ人、ウェールズ人、イギリス人、スコットランド人(笑)などの多国籍バンドを組んでいて、すごく楽しかった。ジャジーなフュージョン・タイプのロックを演奏していました。ローラーズの音楽からはかけ離れていました。みんな音楽的にクリエイティヴだったし、ヒット曲も出して、とても充実していました。ダーバン・ビーチでは毎日泳いでいました。12月の6週間、南アフリカは夏だったから、昼間は泳いで、夜ライヴをやって、終わってから飲んで、まるで6週間の休暇のような時も過ごしました。インド洋は温かくて気持ちよかったです。サメには気をつけないといけないけどね(笑)。南アフリカでの生活は本当にパラダイスでした。美味しい食べ物、いい友達、いいバンドと」

――南アフリカで組んでいたバンドはPassengersという名前でしたね?

「みんなが興味を持っていたのは80年代のバンドで、中にはローラーズのことを知っている人もいましたが、あまり興味はなかったみたいです。私も新しいバンド、新しい音楽の方が楽しかったしね」

――でも、ベイ・シティ・ローラーズは解散しませんでしたね?

「ロサンゼルスでダンカン(・フォール)とバンドを組んでいた時もそう。何か新しいバンドで音楽活動を続けようとすると、いつもベイ・シティ・ローラーズの再結成的なイベントやコンサートがあって、そこに戻っていきました。いつも何かがありました」

――そしてグループ名を巡って、残念ながら、メンバー間で訴訟問題が持ち上がってしまいましたね?

「元の商標はバンド全体が所有していました。私たち5人でね。でもビジネス面でのトラブルがあって、私たちは名前を失ってしまいました。それをエリック(・フォークナー)が取り戻して彼が所有していました。そこへレスリー(・マッコーエン)が戻ってきて…。アラン(・ロングミュアー)とエリックと私はベイ・シティ・ローラーズとして演奏活動を続けていて、レスリーも彼のベイ・シティ・ローラーズを始めて、それが多くの問題を引き起こして、結局、弁護士が入って裁判になりました。結果的にはエリックとアランと私がベイ・シティ・ローラーズの商標の合法的な所有者になりました。でもその後もまだもめて、その辺の話をすると長くなりますが、最終的に私が代表所有者になっています」

――今、あなたは新しいメンバーと共にベイ・シティ・ローラーズを名乗って活動を続けていますね?

「いろいろあったけれど、ベイ・シティ・ローラーズの一番の誇りは“Music”です。若い頃の、あの頃の音楽、曲、歌がずっと続いています。70年代に12〜16歳だったファンは私たちと一緒に歳を重ね、今60代。その子供達は30代、そのまた子供たちは9歳とか10歳。3世代にわたって、家族全員が私たちを観に来てくれます。みんな一緒に歌ったり、ダンスしたり、手拍子したり。すごいでしょ。音楽の50年間ですよ。1920年代のグレン・ミラーの時代に私は生まれていなかったけれど、50年経ったティーンエイジャーの頃に聞いて好きになりました。そして今も彼の音楽は大好きです。つまりそれは音楽、音楽が全てなんです。ベイ・シティ・ローラーズには幸運にも時の試練に耐えた素晴らしい音楽、曲がたくさんあります」

――その名曲たちは今、新しいベイ・シティ・ローラーズによって、スコットランドやイギリス、アイルランドやカナダの会場、フェスなどで演奏され、多くの新旧のファンに幸せな時間を提供していますね?

「これからイギリスでフェスがあるし、スコットランドでもツアーが入っています。2027年まで各地でライヴ・スケジュールがすでに決まっています。セットリストはもちろんローラーズの名曲揃い。他のバンドのカバーもやりますよ。例えばラモーンズの“Baby I Love You”とかね。でも私たちは、ベイ・シティ・ローラーズが今もなお現在進行形だというメッセージを伝えたいんです。まだまだ生き続けている、Keep on rollingしているということを(笑)」

なお、9月26日(土)にはスチュアート・ウッディ・ウッドがZOOMにて登壇する舞台挨拶が決定。アップリンク吉祥寺(17:30の回)にラジオ・パーソナリティの山本さゆりとMCの汐月しゅうが登壇するほか、ZOOM舞台挨拶の模様はキノシネマ新宿、キノシネマ横浜みなとみらい、キノシネマ心斎橋、アップリンク京都、キノシネマ天神へ生中継される。

『ベイ・シティ・ローラーズ ウッディ・ウッドが語る真実』
9月25日(金)よりキノシネマ新宿、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
(原題:Rollercoaster: The Story of Bay City Roller Stuart ‘Woody’ Wood/2007年/イギリス/67分/カラー/英語)

【出演】
スチュアート・ウッディ・ウッド、アラン・ロングミュアー(アーカイブ)、デレク・ロングミュアー(アーカイブ)、エリック・フォークナー(アーカイブ)、レスリー・マッコーエン(アーカイブ)、タム・ベイトン(アーカイブ)

【スタッフ】
監督:パコ・ヒーローズ
字幕監修:山本さゆり
配給:NEGA
コピーライト:© 2007 The Music Kitchen Ltd
公式サイト:https://baycityrollers.negadesignworks.com/
公式X:@rollermania2026
公式Facebook:https://www.facebook.com/baycityrollersfilm

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