【ドキュメンタリスト・ダイアリーズ #4】『小学校~それは小さな社会~』監督:山崎エマ
作り手たちの“生の声”をそのまま届ける企画「ドキュメンタリスト・ダイアリーズ」!作り手自らが作品で描くテーマや問題提起、想いなどを執筆した記事を紹介し、ドキュメンタリストの真髄と出会う<きっかけ>を提供します。
今回は、現在公開中の映画『小学校~それは小さな社会~』から監督の山崎エマさんからご寄稿いただきました!
【ドキュメンタリスト・ダイアリーズ #4】
監督:山崎エマ
イギリス⼈の⽗と⽇本⼈の⺟を持ち、東京を拠点とするドキュメンタリー監督。代表作は『モンキービジネス:おさるのジョージ著者の⼤冒険』(2017 年)『甲⼦園:フィールド・オブ・ドリームス』(2019 年)。神戶⽣まれ。19 歳で渡⽶し、ニューヨーク⼤学映画制作学部を卒業後、エディターとして携わった作品はHBO、PBS、CNN や世界各地の映画祭で放送、上映された。
クラウドファンディングで2000 万円を集めた⻑編初監督作品『モンキービジネス:おさるのジョージ著者の⼤冒険』は、2017 年ロサンゼルス映画祭でワールドプレミアののち、翌年⽇本で劇場公開された。⻑編 2 作品⽬の『甲⼦園:フィールド・オブ・ドリームス』では⼤⾕翔平を輩出した花巻東⾼校と、同校野球部監督の佐々⽊洋が師と仰ぐ横浜隼⼈⾼校野球部の⽔⾕哲也監督を追い、夏の甲⼦園⼤会が100 回を迎えた⾼校野球の世界を社会の縮図として捉えた。同作は2019 年にアメリカ最⾼峰のドキュメンタリー映画祭DOC NYC でワールドプレミア、2020 年に⽶スポーツチャンネルESPNで放送され、⽇本でも劇場公開された。2019 年にはNHK ⼤河ドラマ『いだてん』の紀⾏番組を担当。その他NHK で『ETV 特集』『ノーナレ』『BS1 スペシャル』のディレクター、エディターも務める。
2024 年、『ニューヨーク・タイムズ』に監督としての紹介記事が掲載される。『⼩学校〜それは⼩さな社会〜』短編版がOpDocs(『ニューヨーク・タイムズ』運営の動画配信サイト)に選出され2024 年11 ⽉より配信決定。⽇本⼈の⼼を持ちながら外国⼈の視点が理解できる⽴場を活かし、⼈間の葛藤や成功の姿を親密な距離で捉えるドキュメンタリー制作を⽬指す。
「小学校〜それは小さな社会〜」に込められた思い
監督・山崎エマ
このテーマを選んだ理由と伝えたいこと
「日本の小学校を主人公にしたドキュメンタリーを撮りたい」。そう思ったのは2014年、日本からニューヨークに渡ってしばらく経った時期でした。異国の地を経験したことで、日本社会への見方も変わっていたこの頃、小学校に通った6年間で学んだことが自分の人間としての基礎、そして強さになっていると気付いたのです。給食の配膳や教室の掃除、日直や係活動から始まり、高学年になると委員会活動や学級会などを通して責任感が自然と芽生え、運動会や文化祭などの学校行事は友達と懸命に取り組みました。そこには団結力が生まれ、最後には達成感を味わいました。また、規律を守り周りに対する配慮を覚え、自分も大事だが周りの友達やコミュニティーも大切という感覚も養ったように思います。
また、日本を訪れた観光客は、日本にいると当たり前すぎて何とも思わない社会のよさを伝えてくれます。「電車が遅れない」「エスカレーターでは列に並ぶ」「ゴミ箱が少ないのにゴミが落ちていない」。こうした日本社会の特徴は、みんなが生まれながらに兼ね備えているものではなく、教育によるもの、それも小学校教育が背景にあるはずだと感じました。その現場を長期取材すれば、日本の今、そして未来が見えてくるかもしれない、私のような海外からの視点ももつ人間が監督することで、小学校にありふれる感動的な「当たり前」を捉え、日本の方々にも「気づき」を提供できるのではないかと思いました。
今メディアなどを通して聞こえてくる教育についてのことは、大半はネガティブなことのように感じます。確かに、教員への負担や「不登校」など、課題は山積みで、完璧な制度からはほど遠いと思います。しかし、教員の皆さんの働きがいややりがいの側面にも光をあて、「個人と集団」「自由と制限」など、正解がない教育現場に日々向き合っている教員の皆さんの凄さに改めて感謝と敬意を持つことも必要だと感じます。課題面に向き合い改革していくには、良い部分にも気づき、そして「学校で起きていることは日本の未来の鏡」という意識を社会全体が共有し、教育が全ての方々において自分ごとに感じられるための一つのツールとして、本作品を制作したつもりです。
ドキュメンタリー作品としての挑戦
私が目指しているドキュメンタリーは、記録でもなく情報を提供するような映像でもなく、かといって自分が表に出ることでもありません。映像を通した”私”の視点から見た「物語」である、という考え方をしています。もちろん、ドキュメンタリーなので脚本があるわけでも、私が台詞を書いているわけでもないです。私自身が時間をかけて現場に通い、実在する人間たちの本当の人生の中から見えてくるものを、私という監督が切り取り、自 信を持って「こうです」と言えるくらいの準備や裏の仕事をしてから、物語を編集していくような作り方をしています。『小学校〜それは小さな社会〜』では、取材時間4,000時間、撮影日数150日、素材時間700時間の中から、1年かけて99分の映画を仕上げました。短い中であっても、現場で膨大な時間を過ごした自分が納得する「凝縮した真実」を、作品を観た方々に届けることを目指しています。
ナレーションや説明的テロップは使わず、その場で取れた素材だけで物語を作っていく、それを成立させる為にはこだわりがあります。撮影は基本、監督・カメラ・音声の3人体制。ピンマイクも使い「音は映像と同等に大切」という意識を持っています。作品を通しての映像的共通言語を意識し、映像も音も一定の高いクオリティに達していない場合は、「撮れていない」のと同様の扱いににします。撮影はとにかく素材集めが大切で、「どの瞬間も何かのストーリーが立ち上がる瞬間 かもしれない」という緊張感を常に持ち続けています。そして、いい瞬間が撮れたら、その前後のストーリーや素材が充分かをすぐに考えます。感動的な何かや劇的な何かかが起きた際、それをストーリーとして成立させるには何が足りないかを考え、どういう構成にしていくかを考えます。加えて、撮影しているのは私ではなくクルーなので、自 分と同じくらいの熱量で取り組み続けてもらえるように気持ちを高めていくことも監督の仕事だと思っています。クルーとの対話や現場での振る舞いは、全て映像に繋がっていきます。無駄だと思わず、惜しみなく撮影し続けるだけの精神的持久力があるほど、ドキュメンタリーの質は高くなると信じています。
現場は出演者との情報合戦でした。子供たちや先生方、親御さんと常にコミュニケーションをとり、この後起こることを予想できるようになればなるほど、いい映像が撮れました。さらに、いろいろなことが突発的に起きる学校だったので、毎日全クラスの時間割を見て「1時間目は何年何組のこの授業を撮る」と決め、その時間になったら現場をクルーに任せて、私は別の場所でより面白いことをやっている教室がないかを探しに行く、みたいなことをやっていました。常に何を撮ればいいのかをアクティブに探す必要があり、それを毎日やる体力と気力を持ち続けられるか否かが勝負でした。現場で起きている数々の「素敵な瞬間」を、どういい映像と音で捉えられるか、その打率を上げるための工夫を日々やっていた気がします。
日本のドキュメンタリーは海外と比べて、手法の幅が限られていて「ドキュメンタリーとはこうだ」という概念の幅が狭いと感じます。日本で馴染みがある、ナレーションなどを用いて情報を届けるドキュメンタリーももちろんあっていいと思うのですが、よりクリエイティブな手法で何かを体感するような手法も海外では浸透しています。アメリカで映像の勉強をした自分は、日本と欧米、両方の良さを取り入れながら映像表現の手法も研究を続け、視聴者がより没入感を体験できる、そして鑑賞後の感想は幅広くあるような作品に、自分流のやり方で取り組み、「ドキュメンタリーって面白い!」と思ってもらえる作品を撮り続けたいと思っています。
『小学校~それは小さな社会~』
シネスイッチ銀座ほか全国公開中
<作品概要>
私たちは、いつどうやって⽇本⼈になったのか? ありふれた公⽴⼩学校が くれる、新たな気づき
教育⼤国フィンランドでは1館から 20館の拡⼤公開で4ヶ⽉のロングラン⼤ヒットを記録し、観客からは「コミュニティづくりの教科書。⾃分たちの教育を⾒直す場になった」と⼤絶賛の声が。さらにアメリカではニューヨークタイムズ紙に本作と⼭崎監督のキャリアが紹介され、ドイツの上映では「⽇本⼈は⼩さい頃から周りと協⼒する意識が⾃然と⾝についている。だから地震がきても慌てず、コロナ中もうまく対応できたんだろう」と意⾒が⾶び交った。映画の上映も⾏われたエジプトでは、掃除・⽇直制度・学級会など⾏う⽇本式教育「TOKKATSU」(特別活動)の導⼊が2万以上の公⽴⼩学校で進んでいる。⽇本⼈である私たちが当たり前にやっていることも、海外から⾒ると驚きでいっぱいなのだ。
監督・編集:⼭崎エマ
プロデューサー:エリック・ニアリ
撮影監督:加倉井和希
製作・制作:シネリック・クリエイティブ
国際共同製作:NHK
共同制作:Pystymetsä Point du Jour YLE France Télévisions
製作協⼒:鈍⽜俱楽部
配給:ハピネットファントム・スタジオ
宣伝:ミラクルヴォイス 宣伝協⼒:芽 inc.
2023 年/日本・アメリカ・フィンランド・フランス/カラー/99 分/5.1ch
© Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour